読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Knocks File 【雑談まとめ】 

knockerJAPANの雑談を紹介しています

ep6 「空、カナダへ。」① なぜ寺田空は海外に行きたがるのか。&今日のおすすめ書籍

 こんばんはーsoraです。

今日は大学で、5人もの友人から『お前のブログいつも楽しく読んでるよー』と声をかけてもらいました。いやぁうれしい! ってか、意外とみんな、読んでくれてるんですね...。あんま変なこと書けないなぁ。

 

 

さて、なんとか学年末試験を乗り切った僕。

りく、待たせたな。 やっと春休み! ガンガン雑談してこうぜ!!

 

...とはいきませんでした。ゴメンなさい(cv 千石撫子)

 試験を終えた僕はすぐに実家に帰って身支度を始めていました。

 

だって、その春休み(今年の2月〜3月末)を利用してカナダ最高峰の大学ブリティッシュコロンビア大学(UBC)に短期留学をすることが決まっていたからです!

f:id:sora-terada:20160609231840j:plain

 

 

と、いうことで、『knockerJPN番外編』第一弾として僕の留学記を何回かにわたって書いていきます。ゴメンなさい。

f:id:sora-terada:20160609135116j:plain

 

 

【小学校からの夢】海外に帰りたい。

物心ついてから、僕の初めての海外は保育園児の時でした。

f:id:sora-terada:20160609224636j:plain

 

祖父母が国連のボランティア活動をしていた関係でフィジーに居て、彼らに「空もおいでよ」と誘われたので、日本と両親から離れて約半年間過ごしました。

 

最初の頃は寂しくてビービー泣いたりもしましたが、

祖父母と外出したり(写真はマグロを捌いているところを見ているところです)、

f:id:sora-terada:20160609225358j:plain

 

現地の幼稚園で友達ができたり、

 

f:id:sora-terada:20160609224930j:plain

 

ポニークラブに行ったり、

f:id:sora-terada:20160609225043j:plain

 

祖母の友達に絵を習ったりしていくうちに、

f:id:sora-terada:20160609225122j:plain

 

すっかり、フィジーでの暮らしが好きになりました。

 

 

いろいろ遊びましたが、僕の一番のお気に入りは、家にお手伝いさんとしてきてくれていた「タライさん」という現地の女性と話す事。

タライはドジで泣き虫な僕をよく可愛がってくれました。

一緒にもののけ姫を見ていた時なんか、僕がこいつ(下)にビビっていたら、タライは

f:id:sora-terada:20160608020348j:plain

「SORA!! Don't be afraid! It's just SAUSAGE!! 」

なんて言うんです。

それで僕が大ウケすると、彼女はおどけながら「お腹すいちゃったからソーセージ焼こうか」っていつの間にか冷蔵庫を開けている。

タライは冗談を言うのと、盗み食いするのが得意で、いつも勝手に冷蔵庫の中身を食っては祖母に叱られていました。

他のお手伝いさんの記憶は全くありませんが、タライとのおしゃべりは今でも覚えています。写真がないのが残念...。

 

 

実は当時フィジーでは紛争が起きていたのですが、祖父母が細心の注意を払って行動してくれたので、幸い何にも巻き込まれずに済みました。ただ一度、家で晩御飯を食べていた時にパンパンと外から音が聞こえたことがあります。その場では「花火でしょう」と言っていましたが日記には「銃声が聞こえた」とありました。

 

 

 

半年たって日本に帰って、いろんな人に「空はよく喋るようになった」と言われたのを覚えています。

日本にいる頃は人見知りで恥ずかしがりだった僕は、いつの間にか人と喋る楽しさをフィジーで教わっていました。

小学校でもたくさんの友達ができ、毎日楽しく過ごしていました。

 

また、「何が一番楽しかった?」と聞かれた時は、いつもその日の気分で「ポニー」とか「幼稚園」とか「タライ」とか適当に答えていましたが、実際、一番心に残っていたのは現地の匂いでした。

どんな匂いかと聞かれても上手く答えることはできませんが、フィジーでいつも嗅いでいたココナツのような甘い香りは小学生になっても忘れることはできませんでした。

 

どうしてもあの匂いをもう一度嗅ぎたい。

 

ずっとそう思っていくうちに、いつの間にか目的がすり変わって、『どうしても海外にもう一度帰りたい』と思うようになりました。

両親は、小学生の僕が「留学したい!」と言うのを冗談ととらず、いつも真剣に考えてくれました。

しかし、小学生になってから剣道に熱中し、とても忙しかったので、その夢を叶えるのは非常に困難でした。

 

【ついに!!】海外留学へ。

時は流れ、明治大学に入ったことで、やっとその夢を叶えることができました。

 

僕が利用したのは短期留学プログラムです。それを使えば、長期に比べ安価で、しかも大学の長期休みを利用して海外の大学(明治と提携している大学)に通うことができます。

 

 

たくさんある候補の中で、僕は3つの大学に目星をつけました。

 

まずはアメリカのカリフォルニア州立大学。

f:id:sora-terada:20160608112000j:plain

この大学のロングビーチ校は大物映画監督俳優を多く産出していることで有名です。

しかし、実は僕、大学一年生の夏休みにアメリカに行っているので...その...彼地の酸いも甘いも味わってきたわけですよ.....タクシーにめちゃくちゃぼられたりね...。

 

次にカナダのブリティッシュ・コロンビア大学。

f:id:sora-terada:20160608112130j:plain

バンクーバーハリウッドと並んで映画産業が活発な街です。そして留学満足度が非常に高いのもカナダの特徴。治安もいいので、最有力候補でした。

 

そしてイギリスのマンチェスター大学

f:id:sora-terada:20160608112040j:plain

これは単に、父親が住んでいたというヨーロッパに僕も行ってみてぇな〜っていう感覚的チョイス。

 

 

熟考の末、UBCに短期留学することに決めました。

そこで僕が体験した新しい知識、新しい感覚、新しい文化、新しい幸せ。

それらについてはまた次回に書いていきますね〜〜。

 

 

 

 

 

今日も読んでくださりありがとうございました。

あ!!!そういえばOさんから『おすすめ本を紹介して』と言われたので、一応。

今日の本は沢木耕太郎の『深夜特急』。

言わずと知れた名紀行文。僕はこれを読んで発狂しました。「沢木さんが仕事を辞めたなら俺は大学を辞めたやらぁっ!!!」

 

ブックマーク・シェア・「読者になる」・コメントしていただけると本当に嬉しいです〜〜!!

 

さてさて、ではでは〜〜。